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Naonori Kohira has worked around the world on various projects, and his media producing work is an extension of his photojournalistic style. His eye for detail and keen perception allow him to capture the truly important moments of your day.
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忘れてはならない事実の記録-小平尚典
 残骸の中から、白い手が一度だけ振られた。ピカッと、銀のリングが光る。人々は一目散に駆けだした。 1985年8月12日の日航機墜落事故から、実に20年の歳月が流れようとしている。ご遺族の方々にとっては、また悲しみの夏である。一方、20年という歳月が、この事故を、私たちの記憶の中から少しずつ忘れさせているとしても、それは仕方のないことなのかもしれない。

 20年前、私は「FOCUS」誌のカメラマンとして、事故現場にいち早く到着した。そして、その時撮影したモノクロ240カットのうち51カットを選んで、91年に写真集としてまとめ出版した(『4/324』新潮社刊。日米同時発売)。

 あの日、日航機に異常の事態が生じたかもしれないという第一報がNHKのニュースで流れたのは夜7時頃であっただろうか。その直後、「FOCUS」誌のT記者は、長野県南相木村の山荘にいた知人から「少し前に凄い音で飛行機が飛んで行った」という電話を受けた。T記者は前日まで、その山荘で久し振りの休暇を楽しんでいたのであった。私もそのあたりの地理には詳しかったので、T記者と二人でともかく現場(その時点ではまだ確定できなかったが)近くまで行くことになり、午後8時半頃に東京を出発、車で南相木村に向かった。ラジオからは日航123便の乗客名簿を読み上げるアナウンサーの淡々とした声が流れてくる。「これが報道なんだよなあ」。T記者がポツンとつぶやいた言葉が印象的だった。

 南相木村に着いたのは夜中の11時半だった。すでに地元の消防団や警察が集まっていたが、いわば右往左往しているという状態であった。夜が明ける頃、20名余りの自衛隊員が到着、私たちは、ともかく彼らを追いかけて行くことにした。山に登るのだから、装備は軽い方がいいし、現場に近寄れるか、または全く近寄れないかのどちらかだと考えて、カメラはモータードライブを外した一眼レフを2台、レンズは20ミリと300ミリのみ。それから、機動性を考えて、28ミリのレンジファインダーのカメラも持って行くことにする。

 私たちの足で自衛隊を追いかけるのは無理であった。とてもついては行けず、一緒に歩き出したテレビ局のクルーは早々に落伍、私たちもどこをどう行けばよいのか分からなくなり、ヘリコプターやセスナが飛んでいる方角に向かって、沢伝いに歩き続けたのであった。フィルムのケースで沢の水をすくって飲んだりもした。

 10時頃、目の前がパッと開け、木漏れ陽のようにキラキラ光るものが見えた。近づくと、木の枝がからまりあって塊りのようになっているのが目に飛び込んできた。
「生存者がいるぞ」??。人の声がする。私たちは「違いまーす、プレスの者です」と、手を振りながら、彼らのほうに近づいて行った。救援隊の人々は、何をどうしたらよいのか分からないままに、茫然と山の中腹の丘に坐っている。私も彼らの近くに坐って、夢の島のような残骸を見ていた。しかし、生存者がいることが分かってからの救援隊の行動は素早かった。近くの木々を利用して次々にタンカをつくっていく……。

 この写真集は、忘れてはならない事実の記録である。そして、私があの時感じた「生」への痛切な願いと祈りである。だから、言葉はふさわしくないと考え、グローバルな数字と記号だけでデータを語ることにした。事故を知らない人には予断を持たずに見てもらいたかったからである。

 墜落地点/東経138度41分49秒、北緯35度59分54秒。墜落時刻/1985年8月12日、18時56分27秒92。乗員・乗客524人、生存者4人。

彼はメンフィスで生まれた アメリカンジャーニー 安西水丸・文 小平尚典・写真
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定価:本体1800円+税
A5判並製 168ページ
ISBN4-484-05211−3 C0095

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彼はメンフィスで生まれた-安西水丸・文 小平尚典・写真

 プレスリーを愛聴し、20代で暮らしたニューヨーク、アラバマで感動したフォークアート----。
作家・安西水丸と写真家・小平尚典が旅した懐かしい風景 サンセット通りの白いムスタング、「イージーライダー」のチョッパー、「ルート66」のアマリロ、「ローハイド」の野宿、「ラッシー」の納屋、霧のゴールデンブリッジ、スピルビルのドボルザーク、激走アムトラック、フォート・スミスのオーロラ、「House of Blues」のフォークアート―――アメリカが大好きな僕らはよく夢を見る。

文章と写真で綴る本書は、アメリカの大らかな魅力を余すところなく伝える。


● 安西水丸

1942年東京生まれ。
電通、ADAC(ニューヨークのデザインスタジオ)、平凡社を経てイラストレーターとして独立。
著書多数。
TIS、JAGDA、日本文藝作家協会、日本ペンクラブの各会員。

 
「4/524」 御巣鷹山日航機墜落事故写真集 新潮社刊。
「シリコンロード」 コンピューター・パイオニアのポートレイト写真集 ソフトバンク刊
「THIS IS NOMO」 投手・野茂英雄の写真集 新潮社刊。
アトランタの案山子・アラバマのワニ 米国南部のプリミティブ・アート 安西水丸共著、小学館刊。
「Digi Chu」 デジタルカメラのコンセプト グループ共著、ソフトバンク刊。
「原爆の軌跡」 米国から日本への原爆の旅 ポール・サフォ共著、小学館刊。
「Moments of Truth」 4/524のCD-ROM写真集 オープンブック刊。
e-face シリコンロード、シリコンウェイのDVD写真集 Mediall刊。
「彼はメンフィスに生まれた」 アメリカン・ジャーニー 安西水丸共著、阪急コミュニケーションズ刊
「東京立ち飲み案内」 吉田類共著 メディア総合研究所刊
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